Thursday 24 December 2009

避難訓練

1ヶ月近く前にペルミのナイトクラブにて店内で使用した花火による火災が発生、100人以上の若者が死亡するという大惨事がありました。このニュースは連日ニュース番組のトップで、大統領もTVでコメントを発表し、ペルミの官僚と公開会議などを行い、新たに避難経路の確保等に関する規制を作りました。そのニュースはロシア全土に衝撃を与え、そしてその新しい規制は勿論ロシア全土に発令されたようです。。。
そしてその災害から約1ヶ月、僕の勤めるКГТУ(カムチャツカ国立技術大学)でも災害時に備えて避難訓練が行われました。
授業中に学部長が突然教室に入って来て、
「あと20分したら避難訓練が始まるから皆さん授業は中断してコートを着て、警報が鳴ったらすぐに非常口を経由して外へ出てください。」
学生の反応は「ははは」
時間になったら予告通りにもの凄くかっこいい警報が流れ、機械的な声で「火事です、皆さん外へ出てください」をループしていました。その警報機から流れる音は正にダブそのものでした。
学生達は勿論、職員も誰一人として訓練というものを意識せず、みな「ははは」と嬉しそうに話していました。職員室でも状況は同じで、皆全く関係のない話で盛り上がりながら靴を履き替え、マフラー、帽子、コートを着込み、鏡でスタイルをチェックし、鞄を持ってやっと外に出ました。外に出るにあたり、誰一人として非常口を利用する者は無く、通常の出口を利用し出た瞬間に皆タバコを吸うものだから出口周辺は渋滞となっていました。なぜ誰も非常口を利用しなかったかというと、非常口は1階に1つしかないからで、メインの入り口は2階にあります。僕が勤める7号館は5階建ての建物なので、4/5の学生や職員は2階の出入り口を利用した方が便利な構造となっています。しかも1階の非常口は1つしかないうえに非常に小さく、ここに7号館の学生、職員約1000人が集中したら2次災害を引き起こすだけです。
そして外に出た学生及び職員は、タバコを吸いながら新年の計画等に関して話し合っていました。つまり、目的の一つである「外への退避」が完了してしまった以上はやる事が無く、世間話をしていた訳ですが、突然誰かが「ああ、そういえば」といった具合に大学図書館の方向へ歩き出しました。途中に何件かの店があり、丁度お昼時という事もあってお店に入ってしまう学生や職員も多かったものの無事に図書館の前に着くと、そこには既に20人程度の学生及び職員が集まっていて、一人のおじさんを囲むように皆立っています。おじさんは何かを言っているのですが誰も聞いていません。おじさんは防災センターから派遣されて来た役員ぽい感じでしたが、素性は誰も知りません。そのおじさんの台詞は非常に印象的で、「退避にこんなに時間がかかっているようでは手遅れになる。。。」「日頃から避難経路の確認は大切。。。」などと話してくれました。最後におじさんはそこに集まった100人弱の学生及び職員に対して、「何か質問はありますか?」と問いましたが、誰も無反応で、そのうちにおじさんは「さようなら」と言って帰って行きました。
その後も学生及び職員はその場でタバコを吸う、コーヒーを飲むなどして談笑した後にそれぞれの教室へと帰って行きました。職員室に戻ると、職員達は紅茶とお菓子を楽しんでいました。授業開始のベルが鳴りましたが、「外に出たくもないのに出て体が冷えきったから紅茶を飲んでからでないと働けない」と言いながら暫くの間談笑していました。そのうち他の職員が入って来て一人の職員に聞きました。
「火事どうだった?」
「いや、別に」
という会話を最後に、避難訓練に関する話は終わりました。
実はこの大学にも授業中に災害が発生した場合は担当講師が学生の人数を確認、引率して非常口経由で図書館前に集合。学部長に人数を報告。という決まり事が存在しています。でもそんな事は皆忘れてしまっていて、訓練のレベルでもどこに行けば良いのかを分かっていませんでした。
日本での避難訓練も皆へらへらして成り立たないものですが、一応皆避難はすると思います。我が大学での避難訓練は想像を絶していました。違いは明確で、責任者がしっかりしていない事です。責任者とはこの場合大学職員です。自分も含めてですが、責任者がしっかりしない限りは実際に災害が発生した場合に不要な犠牲者を出す事でしょう。
ペルミの火災は実に痛ましい事故ですが、このような失敗から学ばないとまたすぐに同様の災害いが発生するでしょう。

No comments: